服を通して辛うじて伝わってくる体温を感じながら、絶望と愛しさを同時に味わってみる。何の希望もなければ嘆く必要もないので・・・動く必要も全くないので、どんなときよりも穏やかであるのかもしれないと今更気づく。
可能性が少しでもあるから、その欠片のために足掻きたくなり、失うことに最大の恐怖を感じる。
今はその両方、どちらもする必要はない。
総士の顔色がいつにも増して白くなっていくのに気づいたのはつい最近で、そしてとうとうこの間、アルヴィスの廊下の片隅にふらふらとしゃがみ込んだと思うと血を吐いた。
自分はただひたすらびっくりして、苦しければ全部吐けばいいなんて馬鹿なこと言って、少し落ち着いたように見えたのをきっかけに、医務室へと駆け込んだ。
島唯一の医者に示された別途に総士を寝かせて、少しでも楽になるようにと背中をさすってやっていたけれども、医者はそれっきりで、特になんの処置もしてくれなかった。
後に、なんとか身を起こせるようになった総士本人から、フラッシュバックの痛みによるショックいで死ぬか、薬の副作用に耐えるかのどちらかしかなく、後者が最善だと雑談の合間に笑って話されたときには、総士自身も相当狂ってきているなと、意識の片隅でぼんやりと思った。
それから、仕様が無いという理由で何もしない島医者も、総士と同じくらい苦しい思いをすればいいのにと、表情にまで溢れそうになる憎しみの中で心から思った。
・・・今はもう、医務室に連れて行くなんて愚かなまねはしない。
邪魔にならないように廊下の隅に引きずってから、楽な体勢を取らせてやって、ぐったりとなった上半身を抱きかかえてやる。いつものように最後の一吐きをした総士の耳元に、そっと聞いてみた。
「もうすぐ死ぬか?」
最初にそう聞いてしまったときには、一番言ってはならなくて、むしろ大事に隠していなければならない言葉だとおもっていたから、考え無しに口にした自分を消したくなったけれども、総士はただきっぱり
「まだだろうな」
と言って返してきた。
今は、総士は目だけで返事を返してくる。それに言わせると、“まだだ”そうだ。
どんな設備も休養も役に立たなくなっている人間に、“休め”というのは酷だ。どうせ助からないなら望み通りにさせてやるべき。
「次、どこに行くんだ?」
訊ねながら総士のポケットをあさり、薄いスケジュール帳を出せば“会議”と綺麗な字で書き込んである。
立ち上がらせて肩を貸したときに感じる重さは先月よりも増えていた・・・それは仕方のないことだ。
ほとんど総士を引きずるようにして歩き出す。
ここまで落ち着いていられる自分を不思議に思う。
多分、こんなにも普通でいられるのは、総士が絶対に苦しいなどとは言わないで、黙って耐えて、静かにしているせいだとおもう。
だからこちらも怒るでもなく泣き叫ぶでもなく、非常に見える程落ち着いた中で、待っている。
死ぬ時を待っている。
総士が先か、自分が先か。
ただこうして二人っきりで、苦しまなくてすむ時を夢見ながら。
待っている。
END
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