調理実習



バンッ・・・・・・と。
物凄い音がして、クラスの全員が音の発生源である電子レンジ前を凝視すると。
前では一番ビビッた総士が硬直していた。
クラスに一人はいるのよ〜と忙しく手元を動かす家庭科教諭をちらりと見、さっさと自分の班の配膳を
済ませた一騎は、洗い物を他の班員に任せて爆心地に小走りで近づいた。
「総士、何ふっ飛ばしたんだ?」
訊ねながら今日の献立を思い浮かべる。鰤の照り焼、ほうれんそうのおひたし、味噌汁、ご飯・・・・。
ていうか、そもそも電子レンジは使わない。
「・・・・・を・・・」
肩を叩かれようやく我にかえった総士が小声で言う。
「何?聞こえない」
「鰤・・・を・・、任されていたんだ・・・」
総士の言葉が耳に入った瞬間、巨大なハテナマークが一騎の頭上に出現した。
「ならフライパンの前にいろよ・・・」
一騎の突っ込みが入る間に、総士は電子レンジの蓋を僅かに開けた。
もやもやと立ち上る湯気?は不気味さの割には微妙な香ばしさ。
その先に何かを見た総士が、慌てて蓋を閉める。
うっかり見てしまった一騎が、とっさに教諭を伺うが、爆発の瞬間以降はこちらを見向きもしなかった。
「魚が悪いな、一騎」
きゅっと視線を合わせ、
真顔で全責任を死んだ魚に押し付ける総士。
しかも同意まで求めてくる。
(バラバラになったの・・・鰤なのに・・・鰤は悪くないのに・・・)
鰤の絶命の瞬間を思うと、目頭が熱くなる。
一騎の班で、同じ品は生き生きと照り輝いているのに・・・・・。
「・・・・・あのままでは、焦げてしまうと思った」
返事を返されないことに焦ったのか、しょぼくれた声が、脇からポソポソと上げられた。
哀れだなぁ・・・と一騎が思っていると。
「それでも僕を、最低と言うか?」
(あ・・・)
尚も総士は何か呟いていたが、そんなもの耳に入っておらず。
電子レンジを眺めていたら、鰤と総士の間に起こった悲劇が見えた気がした。
(か、可哀相に・・・)
 鰤もさることながら、多分、僅かな間にメチャクチャ動揺したであろう総士に。
行動が手に取るようで、レンジの置いてある台に突っ伏して笑ってしまった。
「笑うな一騎っっ」
若干よわよわとした総士からの一喝。
総士の名誉のためにも大声で笑うわけにはいかないけれど、そうして笑いを抑えると、
腹筋が良く揺れる。・・・ヒクついて苦しい・・・。
「ひ、火ぃ通ってなかったんだろお前!」
笑いながら泣きながら訴える。
搾り出すようにするしか、声が出だせない。
「で、これ以上火にかけると真っ黒になるって凄く焦って・・・」
しかも一人で・・・
 その瞬間が目に浮かぶ。
弱火にしてみたり何してみたりの努力が全部無駄。
困って困って半分パニックでうろたえて。
「電子レンジが神様みたいに見えてっ・・・・・・」
救いを求めて鰤を突っ込んで。
しかも時間が無いから全員分をまとめて突っ込んで。
タイマーを設定して、ドキドキしながらレンジの前で待っていて。
 そして 爆発!!
「心臓止まったろっ」
笑いの合間にしゃべるために語尾が跳ねる。
おかしさがわきあがって、笑いが止まらない。
冷めちゃうよ〜と班員が呼ぶのも聞こえない。
硬直した総士の顔を、もっと見ておけばよかった。
「何とでも言えっ」
目立たないぎりぎりの声を上げた総士が、レンジの扉をやけになって開く。
菜箸を突っ込んで、一片一片拾い集めていく。
「新しい皿に盛り、上手く外見を整えれば問題ない。油も飛んで、他班よりずっと健康的だ」
そんな総士がペロッとつまんで一騎の目前に突き出して見せたのは・・・
「見ろ、皮を剥く手間も省けた」
「あーーーーっっ」
もう駄目だった。
「あっあっ・・・お前っ面白っっ」
腹が限界だ。
おかしすぎて声を出して笑えない。歯を食いしばるしかない。
「ちょっ・・・総士!助けろっ」
耐えかねて身体を支えていた台を放し、総士のピンクエプロンに縋りつく。
「なら笑うな」
「むっムリっ」
 総士は、これ以上相手にしても無駄だと言わんばかりに一騎を捨て、自分のに戻ろうとする。
これには一騎の方が参った。
家庭科室の片隅で、一人のたうって笑っているなどキチガイ以外の何者でもない。
誰が見ても笑いの原因が総士にあるとわかるよう、総士には自分の前に居てもらわなければならないのだ。
絶対に!!
「待てよ総士っ置いていくなっ」
「笑いにだけ来たくせに・・・」
「て、手伝うから」
「もう全部終わった」
総士は、一騎を半分引きずったまま食器棚へ。
拗ねているのは少しは助けてもらえると思ったからか。
なのに淡い期待は裏切られ、一方的に笑われて。
多少は大人気なくなるというものだ。
「わ、悪い」
 こっそり、汚れた皿を洗って戻す。
何も無かったように一口サイズに分かれた鰤を配膳する。
教諭をやりすごして、さっさと席についてしまった。
その総士の隣に一騎も着く。
「何だ・・・・・」
 すぐに不満の声を漏らした総士は不機嫌具合が見え見えだった。
そんな総士の扱いも、なんとなくだけれど掴めてきた今日この頃。
口に出さない不機嫌なんぞ、無いと同じと振舞って笑顔を向ける。
「みんな食べ終わっててさ、端で一人でってのもなんだし。いいだろ?別に」
もちろん、笑ったこちらが悪いとは思うのだけれど・・・。
総士は無駄だと知れば、あっさり手を引いてしまうので
今回もやはりそうだった。
不満が伝わらないと知るな否や、自分の中で勝手に気持ちの整理をつけて
全部なかったことにしてしまう。
そして面倒なことに、一度自分で無かったことにしたことを、掘り返されることを嫌がった。
つまり、謝る機会を二度と与えてくれないのだ。
「笑った罰だ」
「かもな」
 だからこちらは、謝る以外で総士を宥めてやればよくて。
総士が味噌汁に手をつけた隙に、総士の皿から鰤の一片を奪う。
すぐに非難の自然を刺しこまれたけれど、その目にも気づかないふりをして
「美味いっ」
奪った一片を口に放り込んで、正直な感想を言う。
家庭科で、失敗したら食べられない程不味くなるようなものは扱わないにしても、それにしたって
普通より味は上な気がしたし、もしかしたら
(慣れたら総士に作らせるのもいいかも・・・)
魚ふったばしたくせになぁ・・・・。
そう思いつつ、ちらりと総士を伺えば、
伏せがちの顔は、一目で機嫌が直ったと知れるほど赤かった。



END

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