ひっぱる 下


怒っているのに泣きそうだ。

翔子のことも、総士のことも、みんな好きだった。

辛過ぎることが、吐き出す言葉を変える。

真意を、醜い肉塊に。

「お前が走り出さなきゃ俺達は大人たちと戦えた、戦いに使われるだけの道具になんかなりたくないって言えたんだ。

なのにっ!!」

呆然とした一騎が顔を上げる。

何かを探しているのが見え見えだった。

言おうとして、迷った瞳が揺れていた。

「俺達のために戦ったとか言うなよ。最初は仕方なかったとしても、翌日から訓練を始める理由なんてどこにも

なかったろ?なんで一度も疑わなかった?優しくされたからか?これから俺達から殺されてくのに?お前の行動

だけで、俺達全員が従うことが決定したんだ。都合よく、お前の意志が、俺達の代表にされた!!」

「そんなの・・・・・・勝てば・・・・・・」

一騎の必死の呟きを、声を上げて叩き潰した。

どうせその先に、一騎の意見は無いのだから。

「聞けっ」

のどが切れたかと思った。

それでもまだ、叫ぶことが出来た。

叫べると思った。

敗因は、夢中になりすぎたことだ。

叫ぶことに精一杯で、気づけなかった。

新しく入ってきた気配に。

ずっと聞かれていた事実に。

まだ俺も子供ガキ

「聞く必要は無い」

新しい声が流れた瞬間に、一騎の目が、神様でも見ているような目つきになった。

今までは真剣に、怯えた目をこちらに向けていたのに。

安心の涙まで浮かべ始めてしまった一騎に、胸が、刺されたように痛んだけれど

相手は皆城総士であって、一騎の絶対で、たかだかクラスメイトが並べるはずも無く。

立ち向かえるはずも無く。

「CDCで全部聞いていたのか?」

聞こえるか聞こえないかの皮肉を、せいぜい唇だけで呟く。

返事の返らないことはわかっていた。

倒れそうになるからだを、残りの体力で支えるも、いつまでもつか、わからなかった。

「一・・・・・騎が・・・・・・」

喉をむりやりこじ開けるも、途切れ途切れ。

「”お前と一緒”しか選ぶわけ無いのをわかってて、一騎に手を伸ばしたのか?」

咳き込みたいの堪えて、彼を睨みつけて終わる。

それから視線を、一騎に移す。

叫べるとしたら、コレが最後だ。

「総士に逃げるなっ!お前がみんなをひっぱったんだ!お前が!!」

もう、掴みかかる気力は無かった。

あとは総士が、一騎を連れて消えるだけだ。

恍惚となった一騎が、総士の側に立つ。

さっきまで泣いていたのと、今の喜びとで顔が真っ赤になっていた。

「総士が”守ってくれ”って言ってくれたんだ。俺、傍に立って良いって言われたんだ。・・・・・・

だから、何があったって逃げない。ちゃんと戦う。だから甲洋は、それ以上泣かなくていい」

 赤いボールが目の前をよぎった。

今の一騎の顔色が、昔を思い出させた。

自分の怒りのせいかもしれなかった。

「一騎・・・・・・俺は、死にたくなくて、怒ったんじゃない・・・・・・」

 声がみるみる小さくなる。

一騎の顔を見ていたら、余計に力が抜けた。

こちらの言葉は何一つ、一騎の飲み込むところまで届かなかったらしく、今の一騎は何倍も確かに立っていた。

逆にこっちの足が弱って、立っていられず椅子にへたりこむ。

「・・・・・・”総士”は来たろ?」

行けよ、・・・・・・と手を振った。

目を閉じて、総士や、一騎の居る世界を遮断する。

なのに、気配だけはいつもそこにあった。

耳に、やたらと震える一騎の息が、しつこく入る。

慰めの声まで、かけてくるつもりだろうか。

さらに体の中が腐った気がして、心の中で自分をきつく抱いた。

すぐに

一騎の震えた理由がわかる。

肩に、総士の手が置かれて、総士の目的が一騎を呼びにきたのではないと知れた。

そういえば、呼び出されていたのを忘れていた。

やっとのことで立ち上がれば、一騎は同情したくなるほど動揺した面持ちで・・・・・・。

視線をやってもピクリともしなかったから

仕方なく、一騎を置いて、外に出た。



*** *** *** *** ***



 外は、相変わらずざわついていた。

総士は、ざわめきの音源をひたすら避けて進んでいく。

だあら、自然とメインの通路からはずれた形となった。

誰も来ないような通路に沿って置かれたシートが1スペース分。

よく、翔子が一騎を待っている時に使っていたものと同じ形。

総士はそこに、くったりと腰掛けた。

「甲洋はメディカルルームへ。・・・・・・呼ばれているだろう?」

言いながら、目までつぶってしまった総士。

とても珍しいものを見た。

総士が、ここまで見せるなんて・・・・・・。

「もっとちゃんとした場所で休めよ」

・・・・・・体は、随分前に腐っていた。

頭も、とっくに。

笑みを浮かべたつもりだったけれど、きっと変な顔をしていた。

総士は目を閉じていたから、見られる心配は無かった。

総士の、左目にかかった前髪を、耳にかけてやる。

猫なで声にみ、そのときの手の震えにも、気づかれていないようだった。

「疲れてるなんて人に見られちゃまずいんだろ?」

また返事が無い。

そう判断して次の言葉を言おうとしたら、一言だけあった。

「ここには、誰も来ない」

大袈裟にため息をつこうとしてやめた。

「でもさっき、一騎を置いてきたからさ、一騎が総士を探していたら見つかると思う」

酷い優しさだ。

昔と違って、顔さえ見ていればなんとなく相手がわかるようになってきた分ずっと。

 感じたことと、間逆のことをしてやれば良い。

思いついたことの逆さえすれば、相手の悲鳴が簡単に聞ける。

行動派単純で、囁いてやるだけだ。

「はやく行かないと、ほんとうに見つかっちゃうよ」

すぐそこまで一騎が血被くようなそぶりで、揺さぶる。

一時の安らぎが望みなら、休ませてなどやるものか。

ほら、はやく立って・・・・・・。

 逃げるようにして立った総士がおかしい。

総士が歩き始めると、その隣にぴったりとつく。

「四年も離れたら別モノだったろ」

「何が言いたい」

まだ誰とは言っていないのに、反射的に噛みつかれた。

わかっているなら、もう少しオープンにしてやった方が、きっと効く。

「一騎がさ、知らないうちに別人になってただろ?」

「僕が追わなかっただけだ」

「うん。総士がそうしようと思ったんだから、ソレでよかったんだよ。一騎の代わりに俺のところに来てくれたしね」

「代わりでは・・・・」

「むきにならなくても代わりは代わりさ。でも、代わりにはなったろう?」

黙った総士の耳元に、顔を寄せる。

総士が動こうが動くまいが、どちらにしても答えになるように仕向けて、繰り返して。

 一度離れた。

歩き続ける総士は、先を行く。

その背に、声をかけた。

「総士、まだほとんどの《仲間》が、これが戦争なんだって理解していない。戦争だってわかったって、まだわかって

いない。人間以外の準備は全部整っていて、必要なことが全部隠されていた意味が・・・・・・」

総士が足を止めた。

「意味?」

どうやら、まだ総士には言葉が通じるらしかった。

全部を総士に盗られた一騎とは違って。

「俺達の価値は、使い捨ての道具と同じだ」

総士との間に生まれた差を、埋めるつもりは無かった。

その方が、相手をよくみれた。

「使い捨て?」

総士が振り返る。

笑って言った。

「それでは、戦えない。フェストゥムや他と違って、こちらには圧倒的に限りがあるから」

酷い笑顔だった。

ずっとみていたら、いつか疑えなくなりそうな。

「とにかく、甲洋はメディカルルームへ行け。遠見先生がずっと待っている。僕は、

すぐ戻って、今回の戦いについてのデータをまとめる」

その笑顔を、少しでも曇らせたかった。

「羽佐間のデータもか?」

 ある意味ソレは、引きずり込まれる前の最後の足掻きのようで。

総士にしっかりと貼りついた笑みは、そんなもので消えるほど優しいものではなかったらしい。

奪えたのは、ほんのわずかな総士の休息だけで

そして俺は、

そんなことのためだけに翔子を使った。





END

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