総士の代わりに剣司がジークフリードシステムに搭乗することが決定した。

しょうがない、と肩をすくめる剣司に、なにもかも教えてやりたいのを必死に抑えた。




5、唇の端が切れた



  一番大きなフラッシュバックが来たときは、総士はひたすら体を丸めて耐える。

目をつぶって、歯を食いしばって、そうして一番強い薬を飲む。そうすると、痛みが去った後に

吐きたいと言って苦しみだす。

最悪なのは、発作が夜中に来るときだ。

大部分消化されて、胃の下の方に行ったモノは吐こうとしても出てこない。

吐き出す力もほとんどなくなっているから、尚更・・・・・・。

総士は、ちゃんと食べる。無理をしてでも。

体調管理だと言って。

それが余計に吐こうとすれば出てくると思い込む要因になっているようで、総士に抱えた便座を放

させない。

時間の割に、ほんの少しの胃液を出しただけで終わるのが常。

自分の役目は、総士をベッドから抱え起こしてトイレに連れて行って、トイレにいる間は体を支え

て、最後にベッドまで連れ帰ること。

風呂場では、ちゃんと出たときに広がってしまって後始末が面倒になってしまうということ。

洗面所では詰まってしまうことが数をこなすうちに自然とわかった。

吐くのに出ないということが、どれだけ体力を必要とするのかもわかった。

総士とトイレの組み合わせは、見ていて哀れだった。

  結局戻せなかった総士をベッドに戻すと、総士はいつもすぐに体を丸める。

そうやって今度は別の苦しみに耐える。

こっちの仕事は終わってしまう。

痛いだの気持ち悪いだの訴えられて、目の前でのた打ち回られても何もしてやれない。

最初のときこそ大騒ぎしたけれど、全て無駄だった。

総士が気絶するか眠るかして、次の日の会議が遅れるかキャンセルされる。

そうすると父が夕食に帰ってくる。

そんな繰り返し。

  ”戦争”が始まって総士がそうなるまで、数ヶ月だった。

自分は総士についていたけれど、剣司の背中は一体誰が擦るのだろうかと

システムの搭乗を承諾する剣司の背中を見ながら思う。

全員の痛みを引き受けた後どうなるのかまで、知っているのは自分だけだ。

けれど今、剣司に教えてはいけないということも知っていた。

いずれ、剣司も総士のように自分からメディカルルームを訪れるだろうし、

風呂場や洗面所で吐いてはならないこともわかるだろう。

もしかしたら、誰かに比べて不器用で無い分、もっと上手くやるかもしれない。

そういえば、薬とストレスで胃の荒れきっていた総士はいつも唇の端が切れていたと

・・・・・・ふと思い出した。


END