12 立てない



 息を殺して総士と二人、降りられるだけ降りた階段の下で身を潜めた。

本当だったらなんとしてでもブルクまで逃げてファフナーを奪わなければ助からないのに

総士のほうが動けなかった。

汗でびしょ濡れになって、熱くなってしまった彼を必死で抱き寄せる。

「行かなきゃ総士。俺が背負うから・・・行ける?」

情けないことにこちらの呼吸もかなり荒れていた。

怖い・・・怖い・・・怖い。

これが失敗したらどうなるかなんて考えたくないっ。

「総士、好きだから・・・お願いだ、頑張れ・・・」

今にも止まりそうな息を全力で繋げている総士に、涙を浮かべて懇願する。

背中を擦ってやって、顔に張り付いた髪をどかして、汗だくの頬に何度もキスを落とす。

 総士がそれに応えて頷いてくれたのか、ただの痙攣かわからなかった。

足が震えているのは不自然すぎて、人目で痙攣と知れるのだけれど・・・。

「総士っ総士っ」

頑張って。

生きて、生きて、生きて。

この島を出て。

最後まで絶対に同じ場所にいよう。

 何度目かの呼びかけの後、総士が目を薄く開けているのに気がついた。

真っ赤に溶けかかった虹彩に、じっと見つめられていた。

 フェストゥム化の証である赤い瞳に少しも恐怖は湧かず、一騎は、極上の笑顔で微笑んだあと、

総士の唇に直接口付ける。

「行こう」

総士が目を開けたことで勇気がわいた。

それだけで安心した。

大丈夫、ブルクまではもう少しなのだから。

 総士を背負うと熱い吐息が首筋にかかった。

服を通して焼けるような体温が伝わってくる。

階段の下から一歩踏み出して顔を上げた時、待ち伏せていた大勢の大人から向けられた銃口に、笑みがあっという間に引きつった。

 弾かれたように階段の下に転がり戻る。

総士を誰からも見えない位置の壁に押し付ける。

背で押しやって自分の体で総士を守る。

不安と恐怖が溢れ出る。

裏切られたっ

「どう・・・して・・・父さんっどうして・・・」

泣いてる場合じゃない。ちゃんと考えなければ。考えて考えて、総士を助けなければ。

思うほどに焦った。

「だって・・・総士、ずっと戦ってきたじゃないかっ・・・俺たちより、ずっと前から・・・なのに

殺すなんて・・・そんな・・・」

 必死だった。必死でしゃべった。こみ上げてくる思いに負けそうになりながら、それでも。

「総士っ・・・お前もっ!死にたくないって言えよっ!父さんなら助けてくれるから・・・だから・・・」

どこかで聞いているはずの父親に聞こえるよう、大声を上げた。

本人にも叫ばせるために、総士を振り返り、縋りついて揺さぶる。

総士がまともにしゃべれなくなってから、数日経つというのも忘れて。

「言えっ!!」

 追い詰められて、自分でも驚くぐらいの大声で総士を怒鳴った。

はやく、はやく、総士の意思を父親に伝えて、息子の身勝手な行動だけではないことを教えなければ。

執行人が背後に立つ前に。

「急いで・・・総士・・・」

上手く逃げていたはずなのに、いつの間にか息を殺して隠れているしか出来なくなっている。

大人のほうが、どこまでも上手だった。

焦って、総士の汗ばんだ頬を繰り返し撫でると、汗に混じって瞬きの無い赤い目から、次々と涙が零れていった。

いつ止まるか知れない息の合間に総士の声を聞いた気がする。

 恐怖を訴えてくる、赤い瞳。

たまらず抱きしめて、総士の開きっぱなしの目や耳を塞いだ。

守らなければ・・・・・・強く思った。

自分なら守りきれる、自信も在る。

なのにどうして体は震えているのだろ。

涙が、止まらないのだろう。

「嫌・・・だ、嫌だぁぁぁぁぁ・・・」

抑えて殺していた泣き声が、とうとう悲鳴に混じって漏れ出す。

胸に抱えた総士はまだ温かい。

温かいし、まだ息だってちゃんとしているのに、なのにどうして・・・。

 背後で足を止めた、大きな銃を持った大人に、嫌だと叫び続けた。

むせながら、何度も何度も何度も。

他に言葉が見つからない。もっとたくさん言葉を知っていたはずなのに、これでは・・・・・・。

「守るっ・・・からぁ、島・・・俺がっ・・・戦って・・・」

舌が思うように動いてくれない。自分が何を言っているのかも、よくわからない。

ただ必死で・・・。

「だから、そうし・・・総士を助けっ・・・殺さないでぇぇっ」

絶叫の息が尽きたとき、大人の声が滑り込むように一騎と総士の間に割って入った。

「そのまま抑えていろ」

 大人の声に全身が凍った。

総士が突然反応し、脅えきった目を執行人ではなく一騎に向けた。

聡い彼が何を考えたか、一瞬でわかる。

「ちっ・・・違・・・」

 説明しようとした。誤解を解こうとした。

自分は庇うために総士を壁に押しやって、安心させるためにきつく抱きしめていたのであって、

暴れて逃げださないよう壁に押し付け、少しでも安らかに逝けるよう、目隠しをしているのではない。

絶対にっ

「か・・・ず・・・」

全く力の入っていない総士の腕が、一騎の胸を突き放そうともがき

体を無理矢理ひねって、一騎の腕から逃れようとした。

慌てた一騎がこれ以上無い優しさで抱きしめ直そうとした時、背後から突き出された銃の先が、総士の頭につきたてられる。

「・・・え?」



  顔を拭きたいと思った。

顔中が飛び散った大量の何かでびしょ濡れになって、しかも目に入られて、総士が見えない。

あんなに暴れていた総士が急にぐったりとしてしまったから、とてもとても心配なのに。

 夢中になってシャツの端で顔を拭く。潰れそうに痛む目をこじ開ける。

それなのに、総士の顔に会えない・・・・・・。



*** *** *** ***



 二度と立てない。

立ちたくもない。

あんなに叫んだのに、誰も聞いてくれなかった。

あれだけ好きだと言ったのに、あっさりと総士は死んでしまった。

人の話も聞かないで。

もう誰も好きではないのに、時より立ち寄る看護人や友人達は、好きだ好きだと言ってくる。

あの時決して来なかった父親でさえも、今は日に一度はベットに横たわった息子の頭を撫でに来る。

 そんな風にされたって、もう起きるつもりは無いのに。

はやく、殺しに来ればいい。

総士のときのように。

直に、大人たちが同じようにこのベットを取り巻くときだけを

待っている。



END

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