昼すぎになったけど


 「おめでとう」

「あ、ありがとう」

思わぬ人物から祝われて、仰天した。

夏の気配はまだあるのに、毎日がどんどん寒くなってきて、たまに泣きたくなるぐらい寒い朝がある。

そんな朝に突然食事で向かい合った父から祝われ、呆然となった。

思わず箸をとめて見つめ合ってしまい、どちらも動けなくなる。

「な、なんだ・・・・・・」

「え、いや、なんでもない・・・・・」

 居心地悪そうに身じろぎする父を自由にしようと慌てて白米を口にかきこんだ。

「なんていうか・・・・嬉しくて」

飲み込む合間に素直に言うと、むこうも味噌汁を飲む合間に

「そうか・・・」

と言った。





 本当は少しあきらめていた。

今日はたまたま学校も訓練も休みの日で、いつも一番に祝ってくれる遠見真矢には絶対に会わないだろうし、

甲洋の声は、今は聞けない。

真矢からは電話ぐらいあるかもしれないけれど、無いと思うし、期待している自分が恥ずかしかった。

「何か欲しいものはあるのか?」

 思いに耽った矢先の出し抜けな言葉に、飲みかけた味噌汁を辛うじて飲み込む。

「あ・・・えっと・・・・」

「あるのか?」

「う、うん。新しい毛布」

 誰かとのつき合いのせいで、ずっと素直になったと思う。

半年前だったら、「とくにない」で終った。

あとで、”何かを欲しかったのかもしれない”・・・とはいつも思うのだけれど。あとで”何が欲しかったのか?”

と考えて、やっぱり何も思いつかないから、まぁいい・・・と妥協して。

今年は、「毛布が欲しい」と言った。

今朝、とてもとても寒かったから、もう一枚欲しいと思った。

そうしたら父が、去年と同じく

「そうか」

と言って、それきりだんまりとなった。

去年と同じことを言われたはずなのに、やけに嬉しくて。

微笑みが漏れるのを抑えられなかった。

俯いて、茶碗を抱えて、父に見つからないように笑った。





 それ以外は何もなく、溜まっていた家事を黙々と片付けた。

夏と一転して、洗濯物の量は変わらないのに干しても乾かないから溜まり続けて大変なことになっている。

掃除もして、床も拭いた。

 あっという間に夕暮れ時になって、慌てて夕飯のおかずを買いに行く。

商店街の人たちは、自分や父の好物は知っていても誕生日までは知らない。

誰かと会わないかと期待したけれど、誰も居なかった。

いつもと同じにギリギリまで待って、半額になった刺身を買って帰った。

 帰り道、夕日はまだ海の上に見えるのに、辺りはほとんど真っ暗で。

昼に一度温まった寒さも増して、否が応でも夏の終ったことを思い知らされる。

(もっといい時期に誕生日だったら良かったな・・・・)

花は無いし、(でも別に花束はいらない)

夏は終ったし(夏の間なら欲しいものも少しはあった気がする)

なんだか物寂しいしで。(これは別に関係ない)

取り柄といえば、ケーキのクリームが溶けないぐらいだけれど、誕生日にケーキなんて、

数えてみても、5回くらいしかない。





 家の前に誰か立っているような気がして、目を凝らした。

でも暗すぎてわからずに、黙って近づく。

「え・・・・」

相手が誰だかわかるまで近づいた時、驚いた。

思わず漏れてしまった声に、気づいた相手が振り返る。

「総士?」

なんでそんなところにいるのか・・・と。

朝、打ち消した筈の期待がまたムクムクと頭をもたげる。

勝手に恥ずかしくなった。

別に「そういう」用じゃなくて、ただ戦闘や、ファフナー整備の打ち合わせをしにきただけかもしれないじゃないか。

だって、この総士が覚えてるわけない。

今総士がここにきてること自体、その証明じゃないか。

自分は昼間わざと、ずっと家にいたのだから。

「そういう」つもりなら、その時くれば・・・・・。

「総士、もう帰るのか?」

期待しないように。

それか、せめて一緒にいることをせめてこちらからプレゼントと思い込もうと思って、そんな声をかけた。

「これから夕飯作るんだ。・・・一緒に食べないか?」

こっちの顔が赤くなってることは、総士の側から見えない。

かわりに、明るい玄関前に立つ総士の表情はよく見えた。

 少し笑っていた。

「誕生日、おめでとう」

「え・・・・」

空耳かと思った。

でも確かに、総士の声だった。

聞こえなかったのかと思ったのか、もう一度言い直してくれる。

「誕生日、おめでとう」

・・・夢じゃないかと。

それ以上総士に近づくこともできないまま、買い物袋を手にしたままで立ちすくむ。

自分は夕食を買いに家を出る時、誰からも電話の無かったことに落ち込んでいた。

きっと、遠見や、覚えてくれている他の友人は、明日言ってくれるのだろう。

登校のついでに。

でも総士は

電話じゃなくて、ついででもなくて

誕生日のその日に、わざわざお祝いを言いに家まで来てくれた。

一番忘れててもおかしくない人物が。

「あ、ありがとう・・・・」

お礼の言葉は擦れていた。

あまりにショックだったから・・・。

あまりにショックで頭も止まって、つい本音も出た。

「総士はこういうの、言わないと思った」

「そうか?そうだな・・・・」

もう辺りが真っ暗になってしまったのに、総士だけ暗い中に家明かりのおかげで浮かんで見える。

そのせいか、そこがやけにあったかく見えた。

「でも、自分の誕生日は・・・いくら普段忘れていても、前の日になれば必ず思い出すだろう?それで、

何か普段とは違う、ちょっとした良い事が明日はあるんじゃないと思う。なければそこそこ落ち込む。

恥ずかしいが、僕はそうだ」

「うん」

思ったより大きな同意が出た。

自分がまさにそうだったことがばれた気がして、またさらに、顔の温度が上がった。

「今日のうちに言えてよかった・・・・」

突っ立っていた総士が、階段を下りて近づいてくる。

もっとはやく来るつもりだったのだけれど、地下で捕まって動けなかったことと、作業がやっとひと段落して、

今になってやっと来れたことを言い訳にしながら・・・・。

「夕飯は、食べてかないのか?」

総士とすれ違い様に声をかけた。

作業が終りきっていないと、苦笑されたのが声色でわかった。

「今やらないと間に合わないか?今日中なのか?それ・・・・」

みっともなく追いすがったら、明日の午前中のノートを頼めるか?と変な返事を返されて・・・・。

つまり、今晩寝ないで作業を終らせて、明日は学校に行かないで徹夜の分寝るから・・・・と。

「不良」

肩をすくませる辺り、確信犯だ。

でも、それでもいい気がした。







 誕生日には。

総士も自分と同じ気持ちになるのだから、総士の誕生日には、自分が一番最初におめでとうを言おうと

そう思った。







END