その時ね、プルルップルルッって電話が鳴ったんだよ。思わず背中を冷や汗がツゥッと伝ったね。
唇がぶるぶるだらしないくらいに震えてさ、半開きになってるっていうのに気づかない。
でも電話は鳴るじゃない?
緊急の用だったらどうするんだってんで体全部を叱りつけてさ、必死で息を吸って受話器をとったんだよ。
心臓がそのまま裂けちゃいそうになりながら逃げろって言ってるけど、腰から下にまるで力が入んないの。
そのうち幻覚でも見てるんじゃないかってぐらい辺りがグラグラしてきて、僕は潰れた蛙みたいな声を出したんだ。
「・・・・・・はい、皆城です」
こっちはもう声が出ないってのに、向こうは平気なんだ。
”あ、皆城君?”
絞るように残りの冷や汗がどっと出て、地獄の寒さを体感したよ・・・。
*** *** ***
「・・・・・・遠見か、何の用だ」
意味もなく自室のど真ん中で棒立ちのまま電話に出る僕を、お前は笑うか・・・・・・一騎。
”うん。明日の私のローンドックの訓練、よろしくって伝えたくて”
だったらもっと明るい声を・・・いやせめて僕を人と認める発音をしろ遠見!
”それじゃ”
「!」
それだけか!!
遠見・・・君は悪魔か。
大体どうして今日に限って僕がこの時間に自室に戻れたのを彼女が知っている?
一体何をみてるんだ遠見!僕は君が見ているものだけは見たくはないぞ!!
しっかりしろ皆城総士、遠見だってそんなに毎日未知との遭遇をこなしてるわけじゃない。大丈夫、システムはオールグリーン、
フェストゥムの侵攻だってない!今のところ島が危機に陥るような非常事態は起き得ていない!この場合、僕のほうが非常事態だ!!
っというかなんで僕はここまで遠見を恐れてるんだっ
しかも床にへたり込むまで脱力するな僕の足!
「まだだ・・・明日までにはまだ時間がある」
端末の電源を入れ、たちあがるまでの数十秒間、椅子に深々と座って目を閉じる。
そうだ、明日の意義を考えよう!
・・・・・・長距離射撃が攻撃のメインである遠見にとって、近距離からの攻撃を受けた場合、どんな些細なものでも致命傷になりかねない。
二体やそこらのフェストゥムならば、一騎やその他で間に合うだろうが、北極のミールが活性化している今(するな馬鹿)、複数で攻められる
可能性もある。遠見の地点は最終防衛ラインといっていい、その手の戦闘にも彼女を慣れさせなければ・・・・・・。
・・・・・・僕は、それこそ色々と考えて、煙を巻こうとしたんだ。それこそ全力で。
なのに落ち着くほど遠見の声が浮かんでくるのはなぜだ!!
”皆城君、なんで私の武器、ロックしてるの”
僕はお前の存在自体をロックしたい!!
疑問文にはハテナマークをつけろ遠見!文末は上がり口調だろ普通!
・・・、・・・、・・・氷のようだ。僕はきっと、眠らなくても死んでしまう。
それともあれか、絶対零度でも平気で生存可能な微生物でも見習えと・・・・・・・?
そうか、そういうことか僕は遠見にとって微生物か!
小学生にスポイトで弄ばれればいい存在というわけだなふざけるなっっ!
僕は人間であってミジンコ亜綱ミジンコ目の甲殻類では断じてない!!
大体ミールの因子が移植されてるミジンコってどんなだ!
ベン毛やら触覚の先に同化能力でもあるのか!
「・・・総士?」
「うっわぁ!!!」
ま、待て一騎、そこまで退くな、僕は(叫んだ挙句に椅子から落ちかけたが)正常だ。
思わずミジンコ否定論に全力を費やしてしまって背後に迫るお前の気配に気づけなかっただけなんだ!
「えっと・・・悪い、その・・・邪魔したみたいで・・・・・・・・・大丈夫か?(頭とか)」
・・・一騎の声だけが、僕を人としてみてくれているような気がした。
「・・・何か怖いことでもあったのか?」
一生懸命に僕を見て、僕のことを考えようとしてくれる。そしてビンゴだっ僕は遠見が怖い!!
それから一騎は、机の上で起動している僕の端末を見やった。そして、さっきよりも合点のいったふうに言った。
「エロサイトでも見てたのか」
ふっざっけっ・・・・!!!
思い切り押し倒せば身構えてなかった一騎は簡単に床に転んだ。頭でも打ったか顔をしかめる一騎を見ていたら、急に『孤独死』とかいう単語が
頭に浮かんだ。そうだ、僕はどうせこの部屋でミイラ化して発見されるんだ・・・。
「うっわ!総士?!悪かった!!怖かったんだな?怖い方だったんだな?ちゃんとわかったから泣くな!!」
知るかっもう信じられない!!
「お、お前になら、わかってもらえるとおもっていた・・・」
たちまち一騎の表情が苦しそうなものに変わる。
泣く僕をっ心配してくれてるんだっ。
「ああ、ああ、ちゃんと話そう?全部聞いてやるから・・・」
一騎だ・・・本当に一騎だ。こんなに僕のことをわかろうとしてくれるっ。
「総士・・・さっきまで、何を思いつめてたんだ?」
無論
「ミジンコだ」
「わっかるか馬鹿ぁぁぁぁぁ!!!」
今度は僕が押し倒され返された。はずみでソファーの前のテーブルが倒れる。
一騎はその勢いで怒鳴り返してきた
「総士の顔色真っ青だし急に泣き出したしでどんだけ俺が心配したと・・・」
一度ぶつぶつつぶやいてから、僕の上で大きく息を吸い込む。また何か叫ぶ気だ!
「ミジンコなんて日干しにすりゃすぐ死ぬだろ?!!!!」
・・・・・・えっ?
「僕を日干しにするのか一騎ィィっ」
「はぁ?!!!」
ボロ泣きだっトドメを刺されたっ一騎にまで見捨てられたっもうダメだっ一騎ぃぃぃ!!
「大体来るのが遅すぎる!小さいころ僕に何かあったらマッハ5で駆けつけてくれるって言ったじゃないか!」
「なんだその人外!!」
「じゃあ『7』だ『7』!マッハ7!!」
「増やすな!」
一騎の叫びと同時に走った頬の痺れ・・・お前に乗られて身動きのまったく取れない僕をひっぱたくとは、
最近調子に乗ってないか?
お前のトラウマスイッチは僕が握ってるんだぞ?
・・・・・・・・・もういい。
疲れ果ててそのままの体勢で目をつぶっていると、一騎の手がそっと頭にのばされた。
ゆっくりゆっくり繰り返し撫でてくれる・・・。
「少しは落ち着いたか?総士」
答えてなどやるものか。
「総士・・・」
やっやめろその自分が今世界で一番不幸だとでもいうような表情・・・。
うなだれるな肩を落とすな寂しそうに言うなぁ!
「総士、何があったんだ?」
あった・・・というか、これからというか・・・。
「・・・明日、遠見のローンドックの訓練に付き合うことになった」
「遠見の?それがどうかしたのか?」
「・・・ローンドックだぞ一騎。対一での戦いであれば、爬虫類脳から抽出される攻撃本能と
、
メモリージングの効果で通常どんな場合であっても勝てるんだ。・・・もちろん、パイロットが一番快感を得られるものを選択してな」
「それは前に聞いた」
「で、明日の訓練は、対複数のもので、遠見をとことん追い詰める。僕は遠見が思う対一においての戦闘方法
を否定し、ベストなものを指示、実行させなくてはならない・・・つまり、遠見の一番の楽しみを奪うわけだ」
・・・一騎の顔が引きつった。・・・わ、わかってくれた。
「で、でもファフナーに乗ってるときの遠見は・・・」
ああ、遠見であって遠見じゃない・・・だが!
「だとしても僕に対する憎しみ、嫌悪感、その他攻撃的なものは脳の一番底に根付くわけだ」
「あーーーー」
「しかもウルドの泉が勝手にプログラミングするもんだから、僕自身も何体相手にするのかわからない。これは、僕と遠見の合同訓練でもあるわけで・・・」
「あーーーー」
「僕との相性が悪いせいで上手くいかないとなれば、何度でも日を改めてやり直さなきゃいけなく・・・」
「あーーーー」
それから一騎は、話し合いではなく、ずっと僕の頭を撫で続けることに専念してくれた。
・・・言葉もない。・・・・そういうことか。
*** *** ***
「皆城君・・・・・・・・・貴方は、まだそこにいたい?」
た、助けてくれ!
一騎ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!
END
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