探訪=事件の真相を探りに出向くこと。
事件=自宅に帰ったらしい総士がいつまでたっても帰ってこないこと。
おかたづけ
アルヴィスから走り続けた。
歩いて行っては申し訳ないけれど、全力で走っても変な目で見られる。
だからそこそこ手を抜いた速度。
《手伝ってあげてね》
と笑顔の弓子に手を合わされたそれは、俗に言う根回しというやつであったのかもしれないけれど、
行きにくい場所にわざわざ行かせてくれる最高の一言であったので、迷惑どころか大感謝。
笑顔ばっちりお礼がっつりで弓子を仰天させた後、一騎はアルヴィスCDCを跳びだした。
コトの発端はというと。
長引いた午前の会議がようやく終わり、ほっとした空気が流れた一瞬に、一騎の父が出し抜けに
訊ねたらしい。
『そういえば総士君、帰っていないそうだが家は大丈夫なのか?』
それに総士は馬鹿正直に答えたそうだ。
『平気です』
(・・・ばか)
春や梅雨の時期が過ぎた今、手入れのされない草や木やらは大爆発を起こしている。
ミールの活動も後押ししてか、島のあちこちに化け物屋敷が誕生した。
主人が生きているくせに全く手入れをしない皆城家は、その規模的にも最先端を突き進んでいるので
ある意味有名。
何しろ、でかい分恐い。
それを堂々『平気』と言った皆城総士は押し通せるつもりでいたのだろうが、一騎の父含むその場にいた全員に
『皆城総士は家に帰っていないっぽい』が『帰っていない』とモロばれ、CDC勤務全員のブーイングを一身に
浴びた後、『すこしでもなんとかしてこい』とCDCを追い出されたらしい。
**** **** **** *****
小走りで皆城家に辿り着いてみたけれど、どう声をかけようか門の前でしばし迷う。
とりあえず、声の調子で総士の機嫌を伺おうとチャイムを押したけれど、鳴らなかった。
(・・・・・・・ぶっ壊れてる)
のか電力切れか。
仕方なくこっそり門を抜け、野良猫を真似て庭に滑り込んだ。
やわらかい葉の集まりであったはずの庭の芝は、一騎の腰近くまで生い茂った雑草によって掻き消えていた。
夕暮れの近づいてきたせいで、次第にオレンジ色に染まりつつある。
風が通るたび、波のようにうねった。
さらさらと鳴った。
一歩一歩歩き出す。
草で手を切ると、後に気味の悪いほどミミズ腫れになる。
腰や、それ以上まで伸びている草を手でかき分けかき分け進んでいくのだから、今夜の風呂がこわい。
知っていたはずなのに半袖のまま訪問した自分に、うんざりした。
「総士?」
鍵は開いていた。
少し覗こうとドアを開けた瞬間、視界が真っ白になる。
何かを壊したのかと慌てて庭に駆け戻り、振り返れば
「ホコリ・・・・?」
まだ玄関口にモヤモヤと立ち上っているものは、普通、いくら掃き寄せても拳一つ分にならないはずの
埃だった。
(総士・・・・・・大丈夫かな)
埋まっているとは思えないが・・・・・。
(似たようなことにはなってる!!)
意を決して皆城家にとびこんだ。
白い廊下に度肝を抜かれる。
(家ってこんなになるんだ・・・・・・)
新しい発見だった。
”そうしぃ〜?”
歩く度モヤモヤと立ち上るハウスダストを吸わないようにするので小声。
白い廊下に足跡をつけるように、奥へと進んでいく。
突然総士に出くわしたときの良い訳を用意しながら・・・・・・。
総士を探して・・・・・・。
部屋の扉を開けるたびに、部屋に違和感を感じた。
開けた扉は昔一騎が総士と共に開けたのと、同じ扉だ。
開けた先にある空間も、同じもののはずだった。
なのに、どこもかしこも埃が積もってぼんやりとして、何か別のものだった。
正しい道を進んできたはずなのに、出口の違う異空間。
漁るまでもなく記憶は溢れる。
机はもっと、光っていたはずだ。
壁紙はもっと白くて、日の光を浴びてどこか温かで。
日のよく射し込むダイニングは、日の、いい匂いがした。
総士の家にあるもの全ては自分の家には無い珍しい宝物のはず。
全て色あせていた。
(昔の・・・・・・こと)
酷く重い一撃をまともに食らったような。
酷く憂鬱な酩酊感。
(もうない・・・・)
そんな言葉が自然とわいた。
昔の幸せの、大切なかたまり。
よろめいたはずみに。
体を支えようと壁に触れる直前、何か優しいものに触れたのを、指先の肌が感じた。
それはすぐに掻き消えて、手のひらは壁の存在をはっきり感じている。
(守ってるのか?)
積もった埃が生き物のように思えた。
話しかけるように触れると、一瞬で舞い、下から昔の色の壁紙が現れる。
目の前まで埃が上がってきたときに、”総士を探さなければ”と思った。
身を翻して奥へと進む。
階段を上がって、上へ。
どこがどんな部屋かなんて、十年以上前から知っている。
一階に総士はいなかったのだから、いるとしたらあそこしかない。
親しい人間の居場所のわかる幸せと、会える喜びとで小さな笑みがようやく浮かんだ。
一番奥の、部屋。
「総士?」
一応ノックを。大昔、気にしないで良いとは言われたけれど、一応・・・・・・・。
小さく開いたドアから先は、廊下よりよほどマシだった。
部屋の窓が開いていた。それだけで。
「総・・・・・」
それが、皆城総士がこの家に来て、唯一したことらしかった。
部屋の窓をあけただけ。
それだけして、カバーのカバーを外した自分のベッドの上に丸くなっていた。
「その・・・・・手伝おうか?」
恐る恐る声をかけると、だるそうな目で見上げてくる。
その目も、すぐに閉じた。
「できるものならな」
そんな呟き声と一緒に・・・・・。
確かに、二人でしたってこの家を数日で片付けるのは無理だろう。
空気を入れ替えようと窓を開けただけで、きっと家中の埃が舞い上がる。
この屋敷の埃を集めて捨てて、払って出して、拭いて干して洗って、庭もせめて玄関までの道をつくって・・・・・。
作業の過程を数えただけで、目が回ってくる。
頭の中だけでくたびれ果てた総士は、先にベッドに倒れこんでいたというわけだ。
自分も倒れたかったけれど、ベッドには総士が寝ていた。
「もう少し楽になって時間ができたら・・・・・・人でも雇う」
拗ねたような呟きだった。
総士がせっかく払っただろう勉強机の上にも新しく埃が積もり始めていた。
それを見て、そのほうが良いと相槌を打った。
**** **** **** **** ****
「そのツケが全部俺に来てるんだからな」
総士の許可無く総士の家に上がり込むこと数十回。
体のリハビリも兼ねているので長居はできないのだけれど、それでも大分綺麗になってきた。
新しく植えた芝はちゃんと根付いてくれて、青々としている。
家の中も、週一で片付けに来る程度でよくなった。
ベッドやソファーもダニやカビの心配なく横になれる。
もういつ総士が帰ってきても構わない。
これを見たら、喜んでくれるだろうか。
安心してくれるだろうか。
「・・・・・・して欲しいな」
総士は、ここに帰ってこなければならない。
ここになら、帰ってきて良い。
そんな場所を作るために、必死で片付けた。
総士のことは必要なのだから。
その何よりの証拠としてこの場所があるのだから。
「お前と違ってちゃんと片付けてやってるんだから」
さっさと帰って来い。
棚の中の小物に積もった埃まで気を回していなかったことに気がついた。
棚の中の何十冊もある本を、窓辺まで運んでいって、一冊ずつ埃を払っていく。
その本と本との間から、赤かったはずのミニカーが、まっしろになって現れた。
飾るくらい大切にしていたミニカーの脇に、次から次へと本を詰めていった結果、奥へ奥へと押し込まれて
いったらしい。
琥珀の中に閉じ込められた虫のように、ただしっかりとそこにあった。
思わず手に取り、胸に押し付ける。
「・・・・帰って来い・・・・」
声が震えた。
「入っていいよ」
そう言って総士は、大きなドアを開けてから、振り返ってにっこり笑った。
でも一騎としては、それはちょっと困ること。
できれば、家の主である総士の後ろについて、総士の家に上がりたい。
自分が総士の家に総士より先に上がるなんて図々しい真似は絶対に出来ない。
地面ばかり目をやってもじもじしているうちに、ようやく総士の目が聡く光ってくれた。
「お父さんただいま〜!!」
そう元気に叫んで家にあがってくれる総士の背中にほっと一安心する。
それから、普段は揃えもしない靴を両手で揃えて、玄関の一番端に少しでも小さく見えるように置く。
そのときには総士は廊下を歩いているから、小走りに走って追いつくのだ。
総士の近くにいないと不安で・・・・・・。
だってこの家のものは全部総士のものだ。
だから、どこにも触っちゃいけない気がした。
総士が許してくれなければ。
総士の部屋に上がってから
”ジュースとってくるね!”
と総士に席を立たれてどれほど動揺したことか。
総士のお父さんが同じ部屋にいなくて本当に良かった。
それでも顔でも出されたら、二階の窓からでもとびだしたくなる。
気まずかった。
家中のあらゆるものが総士の気配を待ち望んでいるようで、よそ者の自分を追い出そうとしているようで。
「そぉしぃ・・・・・・」
”ここにすわって”と許された場所から動けずにいる。
ガラス扉のある棚に飾ってある赤いミニカーは以前に自分があげたものだ。
そればかり見ていた。
END
ブラウザバックでお戻りください。